観光案内所設立プロジェクト~公務員なのにこんな仕事するの?~

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最終話「観光案内所のオープン後」

 後任は同僚の女性職員が務めることになった。感性が鋭く、データに基づく論理的な思考を持った優秀な職員である。彼女は見事に12月の開館後、低迷していた利用者数を改善してくれた。中でも、地場の団体と連携しながら、毎週子供向けのワークショップを実施したのは見事だった。区主体でイベントを実施することは大変だが、区・イベント主催者双方のニーズを上手にマッチングさせていたと思う。この辺のバランス感覚、行動力は私にないもので、本当にすごいなと感じていた。

 想定外だったのは、一番のお荷物と考えていた物販の大盛況であった。オープン当初は利用者数が少なく、廃棄ロスの心配ばかりしていた。しかし、1年を通じて区内に点在するご当地のお土産をワンストップで購入できることが徐々に口コミで広がり、ビジネスマンや帰省する一般の方々が地元のお土産として購入してくれた。夏場では月間売り上げが100万円を超えることもあったとのことである。

 そして、もう一つの追い風が吹いた。観光案内所周辺のビジネスホテル建設ラッシュに加え、民泊の事業者が爆増し、その宿泊者が観光案内所を利用してくれた。外国人利用率は当初の目標だった10%を達成し、1日の利用者数が1000人を超えることも珍しくなくなった。これらの成功はいずれも私の異動後に達成されたわけで、私自身は苦しかったオープン当初の冬の時代しか体験していない。それでも案内所に活気があるニュースを聞くのはは嬉しかった。

 さて、この約2年にわたる観光案内所開設プロフジェクトで私は何を得たのだろうか。プロジェクトを死んでも達成させる責任感、仕事の段取り力の向上などあったが、一番学んだのは「謙虚さ」だと思う。案内所設立に関し、課内には何もノウハウがなかった。それでも、自分が分からないことを認め、礼儀をもって周囲に助けを求めることは仕事素を進めるうえで欠かせない心構え・技術だと思う。苦しい中でも、何とか周りからのサポートを得て、作業の手を止めず進めていくこと、これが自分が得た財産だと思う。

 これらは本を読んでも、実際に体験しないと中々理解できない感覚だと思う。担当しているときは辛くて嫌で仕方なかったが、もう何年も前の話しなのに、まるで昨日のことのように鮮明に覚えている。やはり魂を込めた仕事だったからなのだろうか。

 ところが、その後さらなる試練が待ち受けていた。案内所開設から間もなく、4月の異動で私は問題が山積みの外郭団体に区からの派遣第一号で異動が命じられた。その団体で1年間猛烈に働き、何とか区と団体の間で話し合いのできる良好な関係が構築されてきた頃、もう戻ることのないと思っていた観光課に再び呼び戻された。そこでは、非常に難題な新規事業を立ち上げるよう指示され、ここでも精一杯働いた。

 振りかえってみると、この代償は大きかったと思う。足かけ7年間観光課に在籍したが、私はここで燃え尽きてしまったようである。家庭では子供が産まれ、生活環境ががらりと変わり、日々疲れ切っていた。そんな中、仕事のほうは新しい部署の仕事にやりがいをまるで見いだせず、ついに16年間の役所人生に幕を下ろした。役所では色々な経験をさせてもらったが、一番の思い出は観光案内所設立の仕事だろう。この時の経験があれば何でもできる。そう思わせてくれるやりがいのある仕事だった。

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