観光案内所設立プロジェクト~公務員なのにこんな仕事するの?~

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その19「閑古鳥の観光案内所」

 本当に数多くの苦労があったが、無事に運営スタッフも全員揃い、12月に観光案内所を開業することができた。スタッフはリーダーを除いて全員女性である。それぞれ韓国語、中国語、英語など何らかの外国語に対応することができる。全員30・40代の既婚者である。事前に他自治体の担当者から、帰国子女や外資系企業などで長年勤務していたが、結婚・子育てで退職した優秀で接遇能力の高い女性がたくさんいるとアドバイスを受けていた。事実その通りであった。丁寧な応対はもちろん、突発的な事態にも機転を利かせて対応してくれた。やっぱり女性は優秀であるなと感じた。

 最大の懸案だった物販は、委託業者の努力もあり、区内地場業者とのネットワークを短期間で構築し、流通体制を整えてくれた。案内所の立地も駅改札から出口に向かう導線上にあり、T社の設計・施工した目を引くデザインも手伝って、最初の1週間は、来館者が1日600人を超え上々のスタートだった。しかし、ある程度想定していたが、1週間も過ぎるとパタッと客足が遠のいてしまった

 こうなると当初掲げていた外国人利用率10%など、望むべくもない。それどころか1日の利用者100人、外国人ゼロのような日々が長く続いた。外野の野次も日増しに大きくなる。、「数千万円の工事費・運営費をかけて利用者数がこれだけですか?費用対効果はどう考えているのか」と言ったものである。「こんな短期間に無理言うなよ」と思いつつも、至極真っ当なご指摘である。

 運営サイドも手をこまねいたわけではない。案内所の周辺には外国人利用率の高いビジネスホテルが数多くあった。そこで、片っ端からホテルに営業をかけ、多言語対応可能でここならではの情報があることや、着付けの体験などができるメリットを訴えかけた。また、日本人向けには案内所でちょっとした催し物を毎週開催することで、子どもと家族の利用増を目指した。物販も毎日同じ商品が並ばないよう、新たな地場業者の開拓にも力を入れた。

 観光案内所が12月にオープンしてからは、伸び悩む来館者数のテコ入れと開業後に生じた様々な微修正作業に追われる日々が続いた。そうこうしているうちに3月の内示で別部署への異動が決まった。開業準備担当になってからオープンまで1年半。オープンまでは激務に追われ、オープン後は来館者のテコ入れと、全く心休まる間もないまま、異動することになってしまった。こんな閑古鳥が鳴いているような状態で異動するのは、後任の同僚職員に申し訳ないという思いがあったが、その同僚から「あなたじゃなかったら開業できなかったよ」と言ってもれえたのは嬉しかった。

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