観光案内所設立プロジェクト~公務員なのにこんな仕事するの?~

その3「火中の栗を拾う」

 2月末の課長の衝撃発表から特に進展はなく、3月の内示(異動名簿の公表)が近付いてきた。課内の組織構成は、大ベテラン課長・係長2名、観光課3年目の男職員2名(私とA氏)、女性職員2名の計7名という構成である。案内所設立業務の担当になるのは、おそらく私かA氏だろう。いずれにしても課で総力をあげて取り組まないと完遂できない業務量である。そして、内示発表日を迎えた。

 内示は衝撃の内容であった。ベテラン係長、A氏、3年目の女性職員が異動、もう一人の女性職員は退職との記載があった。現体制の解体を意味し、古株は誰もいない。そして、翌週の管理職内示で課長の異動も決まった。言い出しっぺが去ることになった。

 後日、案内所の担当について課長から「君しかいない、頼むよ」と言われた。あまりに想定通りで返す言葉もいない。「残っているのは、自分しかいないじゃないか!」。その翌日配布された次年度の業務分担一覧には、案内所の担当者に私の名前だけが記載されていた(サブに係長)。いくら周りが全員異動者とは言え、実質一人でやることになる。異動者へ仕事を教えるのも私の仕事だ。

 3月下旬、これまで電鉄との交渉窓口であったまちづくり部と観光課で打ち合わせが行われた。一通りの自己紹介を終え、これまでの電鉄との交渉に関する説明があった。今後事業を進めるにあたっては、事業課「観光課」とだけ書いてある。淡い期待すら持っていなかったが、予想通りの展開である。自分たち(まちづくり部)の関与は場所に関する電鉄との交渉までで、「あとはよろしく」ということである。 

 会議のメンバーは「担当者はお気の毒に‥」という顔色であった。一方、自分の責任から解放される課長は、ニコニコ顔で「これまでの電鉄との交渉は大変でしたね。ハハハ」いった様子で、当事者意識ゼロである。私の心の中に殺意が芽生えたのは言うまでもない。

 今私の手元にあるのは、電鉄との交渉の記録、想定面積だけ書いてある平面図、そして課長の落書き。実行体制は何も築かれていない。何より、案内所を設置するに至った経緯が不明確で、コア機能をどうするのかが決まっていないのが辛い

 一つ分かっていることは、4月に電鉄が主催する、駅ビル入店予定者に対する説明会が開催されるということである。そこで知った情報を基にスケジュールや必要作業を検討するしかない。学校など公共施設担当の知り合いに探りを入れても、「観光案内所」など経験がなく、助言はできても主体的に動くことはないだろうと。こんな不安な状況で新年度の4月を迎えることになった。

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